日常と非日常

殺処分。
この言葉の響きは私たちが暮らす日常にはそぐわない。
でも、今SNSではこの言葉を毎日の様に目にする。

「殺処分ゼロを目指す」

「殺処分から救う」

多くの人々がSNSを通して、それを願い、里親募集のシェアや、保護団体への寄付を行う。
でも、そんな人々のほとんどはセンターへ足を運んだ事もなければ、たくさんの里親募集のシェアをした後に、また日常に戻る。

別にセンターへ行った事がなければ動物愛護を語るなだとか、普通の日常を送っていては動物たちの苦しみはわからないなど馬鹿な事を言うつもりは毛頭ない。

だけど、多くの人々が殺処分と云う「非日常」の出来事にSNSを通してアプローチする事で、動物たちの本当の幸せの為に自分自身にやれる事を忘れてはいないか?

「非日常」の中で繰り広げられる「感動のドラマ」や「悲しい物語」に自分の何かを投影したり、自分の心のどこかを埋めたりしてはいないか?

犬と猫たちを取り巻く悲しい現実は殺処分と云う「非日常」の中だけにあるのではなく、僕たちが暮らす「日常」の中にもたくさん存在していて、私たちには「日常」の中だからこそ、自分自身にやれる事がたくさんある筈なのに、それを見ようとせずに「非日常」に逃げ込んでいるのではないか?

そしてその私たちの姿勢が犬と猫たちが幸せに暮らせる社会の実現を遠ざけているのではないか?

そう思えて仕方がない。

もちろん「非日常」であろうが、「無関心」よりもいい。

だが、「非日常」を自分の「日常」に繋げる事が大切な事ではないだろうか?